この記事について
この記事は、「PMやPMOに、コストをかける意味は本当にあるのか」という疑問を解消します。具体的で、形の見えるアウトプットする職人的な業務と、その過程を立案し、問題解決しながら差配する、プロセスワークとしての業務の違い、という観点で、解説します。生成AI時代における職人やPMの存在意義についても、補足します。
もくじ
1 着目する問題:PMやPMOに、コストをかける意味は本当にあるのか
2 「職人」との違いを考えればわかる
3 「職人の上位職」を考えると、もっとわかる
4 「PM不要論」は、どこからやってくるのか
5 生成AI時代の「職人」と「PM」
6 まとめ
「PMやPMOに、コストをかける意味は本当にあるのか」
「PMやPMOは、仕事として、具体的に何をやっているのか」
「本当にコストをかける意味があるのか」
「いらないんじゃないか」
「いや、必要なことは、直感的にはわかるんだけど、人に説明できない・・・」
という質問をよく受けます。
ずばり、お答えします。
PM・PMOの役割は、絶対に必要です。コストをかける意味があります。
コストを惜しむと、間違いなくプロジェクトは崩壊し、会社は衰退します。
(ただし、その具体的な形は、ケースバイケースです)
その理由を、以下、ご説明します。
「職人」との違いを考えればわかる
この問題に答を出すには、まず、コストをかける(お金を払う)に値することがわかりやすい仕事を考えてみるのが、早道です。
・グラフィックデザイナー
・プログラマー
・CADオペレーター
・ライター
・アニメーター
・演奏家
こうした肩書を持つ人やベンダに、何かしらの業務を発注する場合「お金を払うのは、確かに当然だ」と考えるのは、至って常識的なことでしょう。
なぜならそれは「具体的な形の見える、成果物」を伴うからです。
それだけでなく、「ぱっと見て、自分にはできないことがわかる、その成果物を生み出すために、才能や勉強や経験を必要とすると思える」からです。
こうした成果物を生み出す人は、一般的に「技能職」「プロフェッショナル」「クリエイター」「職人」等と呼ばれます。
(総称として、以下、「職人」と表記させていただきます)
こうした仕事とPM・PMOの根本的な違いは「その業務自体に、具体的な形をもつ成果が見えない」という点に、あります。
ですから、「PMやPMOに、コストをかける意味って、ほんとにあるの?」という素朴な疑問を持つのは、無理からぬことではあるのです。
「職人の上位職」を考えると、もっとわかる
この疑問を解決するために、職人の上位職にあたるポジションを考えると、もっとわかりやすくなります。
職人 | 職人の上位職 |
---|---|
グラフィックデザイナー | アートディレクター |
プログラマー | システムエンジニア |
CADオペレーター | インダストリアルデザイナー |
ライター | 編集者 |
アニメーター | 作画監督 |
演奏家 | 指揮者 |
これらの「左と右の違い」には、共通するものがあります。
それは
職人 | 職人の上位職 |
---|---|
具体的な 目に見える成果物を作る | 顧客に喜ばれるように トータルコーディネートする |
マネジメントや ディレクションを受ける | マネジメントや ディレクションを行う |
注文通りに作る | スポンサーや顧客と 一緒に考え、企画する |
成果物や計画の 正確性が求められる | 想像を超える感動を 生み出すことを目指す |
という違いです。
上位職の役割を、もう少し具体的に言いますと
・そもそも、その取り組みが、なんのためにあるのかを考えて、企画構想する
・明示されていない潜在的な期待や問題に気付き、自発的かつ積極的に対応する
・どの順番で仕事を進めると、最も効率が良く、リスクが少ないかを計画する
・チーム作業を行ううえで発生する、人間関係にまつわる諸問題をさばく
・「木を見て森を見ず」になりがちな職人に対して、全体に対する大局観や客観的な気づきを提供する
ということです。
PMやPMOの役割とは、まさにこういうことなのです。
PMやPMOの役割を、誰かが発揮しなければ、いかに有能な職人を投入し、いかに優れた作業を行っても、それが全体に活かされません。成果が生まれたとしても、効果には結びつかず、価値になりません。
ちなみにこれは必ずしも、PMやPMOの専任者が必ず必要だ、というわけではありません。有能な「職人の上位職」がいて、その人が全体を差配することができるのであれば、PMやPMOという役割に専門特化した人は不要です。
(もっと言えば、優れた職人には、自ずとPMやPMOのセンスが備わっていることも多いものです)
ただし、プロジェクトの規模が大きくなると
・アートディレクター&複数のデザイナーで編成されるデザインチーム
・複数のSEと、数多いプログラマやテスターで編成される、エンジニアチーム
・インフラや筐体、ハードウェアなどの物理基盤を統括するバックエンドチーム
・収益に責任を持つマーケティング、セールスチーム
といった形で、各専門領域に特化した複数のチームが統合作戦を展開する、ということが通常です。
そうなると、
全体統括するPMと、その業務を支援するPMOで編成される、PMチームという存在がいて当たり前
という話になります。
これが、冒頭に申し上げた、「PM・PMOの役割は、絶対に必要です、意味がありますが、その具体的な形は、ケースバイケース」という回答の、ケースバイケースの言葉の意味の第一です。
その心は、「そのプロジェクトの規模と、職人のレベルによる」ということです。
「PM不要論」は、どこからやってくるのか
「PMやPMOに、コストをかける意味って、ほんとにあるの?」という疑問が、怒りとともに発される場合があります。
それは「役割としてのPM」を「立場としてのPM」を担う人が、発揮できておらず、むしろ職人の仕事を邪魔してしまっている、という場合です。
実際のところ「名ばかりPMとしてチームに被害を与えている」というPM、PMOは、実に多いのです。よく「プロジェクトの失敗率は、75%以上!」といった統計が語られたりしますが、それらはPM、PMOの立場に立つ人間の、資質の不足によるところが、実に大きいのです。
ただし、「全部、PMのせいだ」というのは、さすがに言い過ぎで、結果が出るかどうかは、職人のレベルの高低(あるいは不在)とも関係しますし、そもそも、取り組みの構想が無理筋すぎる、という場合もあります。
そのあたりを差し引いたとしても「不本意ながら職人がPMの役割も担わざるを得ず、そこに対価を払えてもらえない」というケースが多いのも事実で、PM不要論における「怒り」は、実にもっともなのです。
職人の立場から「PM不要論」が挙がったとしたら、その場合は、その職人自身のレベルに応じて解釈するのがオススメです。
職人のスキルレベルを、仮に、以下のように定義してみます。
(Lv.5以降は、省略します)
Lv | 定義 |
---|---|
Lv.0 | 理論や技術を学んでいないが、自分にはできるという、根拠のない自信だけはある |
Lv.1 | 理論や技術を学んだが、実務経験がなく、適切な指示が与えられないと成果を生み出せない |
Lv.2 | 経験豊富で、指示が曖昧、不十分でも、文脈を察して高い成果を生み出せる |
Lv.3 | 業界のトップ集団に位置していて、前例のない困難な問題に対しても、優れた答えを出せる |
Lv.4 | その実績から、名前に一定の社会的信用があり、「あの人なら大丈夫」と信頼されている |
スキルレベルの低い職人が「PM不要論」を唱えているとき
この場合は、職人自身がプロフェッショナルとして成熟していないことを示唆しています。
また、その原因として、良いPMとの出会いをしたことがないせいで、PMに対する悪い印象を持っている、という可能性もあります。
ミドルクラスの職人が「PM不要論」を唱えているとき
この場合は、職人自身がPMの役割を果たすことができる、したい、というメッセージである可能性があります。
実際のところ、その現場にいるPMが名ばかりPMであった場合、その方には退いてもらい、職人に「職人の上位職」を任せてみる、というやりかたも、場合によっては有効です。
トップクラスの職人は、「PM不要論」は唱えない
トップクラスの職人で、マネジメント志向が薄い方は「PM不要論」は唱えません。
特に、職人としてのレベルが高く、かつ「上位職」の道にはいかず、いわゆる「Indipendent Contoributer」として大活躍されているような方々は、ものを作ることやその作業自体に、心からの喜びを見出している、希少な才能の持ち主です。
真の意味でハイレベルな職人は、真の意味でハイレベルなPMと組むことが、自分にとってメリットがあると理解しているものです。
生成AI時代の「職人」と「PM」
本稿執筆時点の、2025年2月現在、生成AIの性能が飛躍的に向上し、世界が驚愕しています。
本稿のテーマとこの話は、まったくもって無縁ではいられないので、この点について、補足いたします。
職人にとっての「生成AI」
スキルレベルの低い職人にとっては、生成AIは「教師」や「コーチ」の役割を果たすことが可能です。
ミドルクラスの職人にとっては、生成AIは「仕事を奪う脅威」あるいは「仕事を代筆してくれる身代わりロボット」に見えています。
トップクラスの職人にとっては、意見が分かれています。
「面倒な作業を代行してくれる、人間よりも使い勝手の良い部下」だと思う人もいます。
一方、「AIに指示を出すぐらいなら、自分がやったほうが、やっぱり早い」と思う人もいます。
これは、考えたり、ものを作ったりすることそのものに、どれだけ愛着や執着があるか、ということにも、関わってくるところです。
ちなみに、そもそもその職人のアウトプットがデジタルデータで表現されるものでなく、物理現実に働きかけるものの場合、「アドバイザーにはなれたとしても、そもそも作業の代行は不可能」だったりします。
「生成AIに任せずとも、優れたシステムアーキテクトがアルゴリズムとロジックによるルールベースの自動化システムを構築したほうが、話が早い」という分野も、まだまだあります。
PM・PMOにとっての「生成AI」
PMについても、基本的には同じです。付加価値の低い作業は、生成AIが代行できる幅が広がっています。
ネットやデジタルの世界に閉じたプロジェクトでは、AIエージェントが発達することにより、本当にPMが不要な世界が生まれても、不思議ではなさそうです。
しかし、人間の社会は、思った以上に物理現実や人間とのすり合わせが多いものです。
いかにAIを活用したとて「その成果物が、顧客やユーザーに喜ばれるように、トータルコーディネートの観点からマネジメントやディレクションをする」という、「人間に対するすり合わせ」や「リスクがある状況での決心」は、代行させられません。
これらは、「AIにはまだできない」どころの話ではなく、「それができる人間すら、ごくわずか」なのです。
欧米(特に北米)がデジタル産業で圧倒的に優位に立っていて、日本が長年後塵を拝し続けているのは、ひとえにこの「プロセスワークの弱さ」に原因があります。
日本企業、日本文化の強みは、モノへの執着が強く、ハイコンテクストなコミュニケーションを苦にしないという点です。様々なコンテンツ産業が世界を席巻している背景には、そうした特性があります。
北米 | 日本 |
---|---|
プロセス構築や戦略、 マネジメントに強みがある | 成果物を正確に緻密に 作り上げることに強みがある |
言語化、明文化、契約重視の コミュニケーション | 暗黙知や慣習による ハイコンテクストな意思疎通 |
プロトコルを学べば コミュニティへの出入り自由 | 仲間うちの インナー・サークル主体 |
確実に結果を出すために プロセスを徹底的に磨く | 結果が出れば過程は不問 モノに執着する |
日本経済の苦戦が長らく叫ばれていますが、世界経済のなかで、デジタルの存在感が飛躍的に大きくなっていくなかで、本来の強みが発揮できなくなっている、という面は無視できません。
逆にいえば、その点を認識し、謙虚に学び、日本流のプロセスワークのあり方を再構築すれば、現在の閉塞感や停滞感を打破できる可能性は、十分にあるのです。
まとめ
生成AIという「ポテンシャルが未知数の、新たな仲間」が加わったことにより、今後、プロジェクトマネジメントの複雑性と難易度が、むしろ増していく可能性もあります。
(人間と機械の役割分担を決めるのは、普通の人が考えるよりも、かなり、難しいのです)
そうした意味において、PMの役割や社会的意義は、ますます、広がっていくことでしょう。
そんな世界では
・あらゆる社会人が、自分自身のPMスキルに投資する
・あらゆる企業が、自社のPMスキル向上に投資する
・PMスキルの高い発注先に、それに見合う対価を支払う
ということが、ますます、致命的に、重要になります。
いま現在、この社会に「ちゃんとした真っ当なPM」が少なく、「名ばかりPM」のほうが多く、「不本意ながらPMの役割も担わざるを得ず、そこに対価を払えてもらえない職人」が多いのは、プロセスワークに対する、圧倒的な社会的認知の低さが、原因としてあります。
経営者の方々や、職人に発注を行う立場の皆様は、「形の見えるモノにはお金を払えるが、形の見えないプロセスには払いにくい」という感覚は、ぜひ、お捨てになることをお勧めします。
そして、
・自分は、顧客やユーザーに喜ばれるように、トータルコーディネートの観点からマネジメントやディレクションをしているか
・自社は、どうか
・発注先は、どうか
この三点を、一度振り返ってみましょう。
自信をもって「YES!!」と答えられない場合は、以下の記事も、ぜひ、ご参考になさってみてください。
3つのお悩みカテゴリでわかる!PM、PL人材の層を厚くするための、打開のヒント
参考資料と、PM育成よもやま相談会のご案内
ゴトーラボでは、この問題に関する分析結果と解決方法をお示しし、社内の育成計画の参考とするための
「ディスカッション・ペーパー」を一般公開しています。ぜひ、ご参考ください。
「プロジェクト進行スキルを組織的に底上げする方法を検討するためのディスカッション・ペーパー」
(googleスライドを開きます)
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この記事の著者
プロジェクト進行支援家
後藤洋平
1982年生まれ、東京大学工学部システム創成学科卒。
ものづくり、新規事業開発、組織開発、デジタル開発等、横断的な経験をもとに、何を・どこまで・どうやって実現するかが定めづらい、未知なる取り組みの進行手法を考える「プロジェクト工学」の構築に取り組んでいます。
著書に「予定通り進まないプロジェクトの進め方(宣伝会議)」「”プロジェクト会議” 成功の技法(翔泳社)」等。